Author:安藤心吉
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今年のサラリーマン川柳が発表されました。
一位は「能年齢」に関するもので歴代のテーマは「妻」
歴代一位
最近は若い人でも能が高齢化しているみていです。
ここで私の川柳を一つ
「若くても あなたもいずれ 高齢者」
平成19年5月4日(金)

「人が幸せに生きる」っていったいどういう事なんでしょう?
若い時は、それなりに幸せだったが、高齢になって不幸であれば決して「幸せな人生だった」とは言えないでしょう。
むしろ「若いときは大変だったが年を取ってからは幸福だ」というほうがよほど幸せなのかもしれません。
3年前から父と同居するようになって初めて「高齢者の幸不幸」を考えるようになりました。
私は父との生活の中で、今正に経験してしている事を残しておこうと思い、このブログを書くことを一念発起しました。
30年後は私も父と同年代
今の父を見ていて、30年後の自分を想像すると、「もし同じ状況であったら?」とすえ恐ろしくなります。
だってみんな年はとりますし、時間を止める事はできませんからね。
父の現状とこれまで
3年前の夏、親族会議で私は父と同居することになりました。
6年前に母をガンで失った父が、自分で買い物など出来なくなり、1人で生活出来なくなったからです。
老人ホームに入ってもらうか、誰かが父と同居して父の面倒をみるか、二者択一でした。
老人ホームという案もありましたが、老人ホームに入った何人かの人が急激に衰え、寂しい生活をしているのを知っておりましたので、私はどうしても「老人ホーム」という案には賛成できませんでした。
そして、生活拠点を変えることができたのは私1人だった事もあり、同居する事になったのです。
勿論長男として責任を感じておりましたし、バツイチ独身という環境が同居できる状況だったのです。
父との生活を始めると、毎日の買い物や炊事洗濯などで、すぐに自分自身の仕事に支障が出始めました。
親族会議を再度開いて相談した結果、訪問介護というシステムを使う事になったのです。
ケアマネージャーが相談に来てくれ、週に3回くらい介護ヘルパーの方々が交代で来るようになり、家事は少し楽になりました。
翌年、父がバルコニーで転んで後頭部を強く打って7ハリも縫った事故や、私の出張中に家の中で立ち上がれなくなり一週間の入院という事態になりました。
そのためか老化がますます進んで週3回程度では父を見切れなくなり、介護ヘルパーさんに毎日昼食と夕食時に来てもらうことになりました。
しかし介護保険の予算の問題かよくわかりませんが、今月から日曜祭日は同居人がいるところにはヘルパーの派遣は出来ないと通告を受けたのです。
介護ヘルパーさんの派遣条件は日ごとに厳しくなってきています。
※訪問介護でしてもらえること
炊事・洗濯・買い物同行・健康状況を見る計温と血圧の計測や投薬の手助け・入浴介護など
してもらえないこと
掃除・散歩など(同居人がいるから)
現状(正常でない部分)
1)歩行:足があがらず引きずるようにしか歩けません(ヨチヨチ歩き)
※階段の登り降りには絶対に絶対に介護が必要です。
2)記憶:物忘れが激しく、話の中に固有名詞が出てきません。
※あそこの・・上の・・下の・・あの人・・とか名前が出てこない
3)会話:3〜5分前に言ったことをすぐ繰り返します。
などなど
今の悩み
このままの介護生活をどの位続けられるか?
今私が父と同居できるのは、父が・・・
1)紙おむつ(リハビリパンツ)の使用程度で、下の事は自分で出来る。
2)寝たきりでない
3)会話に難があるものの何とか意志の疎通が出来る。
からです。
しかしこの状況がいつまで続くか不安の毎日です。
しかも訪問介護の条件は、家の中の掃除でさえ出来なくなったり、日曜祭日に来れなくなったりで日増しに厳しくなっており、更に厳しくなる可能性を感じます。
介護認定の条件も更に厳しくなる可能性を指摘しれています。
どうも介護の世界には実際に老化が進んでいても既得権さえ危うい感じです。
平成19年5月4日(金)
なにやらイライラしている父に
私:どうしたの?
父:
今日、来る人は?
※「来る人」とは訪問介護のヘルパーさんのこと
私:
今日は来ないよ。
父:
けげんな顔をして・・・
なんで?
私:
だって・・・今月から赤い日は来ないことになったろう。
※「赤い日」とはカレンダーの日曜祭日が赤くなっている日のこと
父:
なんで? またまたけげん顔をする父
私:
だって先月さあ・・ケアマネージャーのTさんが来て「家族が1人で
も同居している人は赤日の介護は出来なくなった」って言っていた
だろ。・・・覚えてないの?
父:
へー! 全然覚えていないよ。
私:
だからさ・・・
今月から赤日は3食とも僕がつくらなきゃなならいんだ。
先月まで、訪問介護ヘルパーさんが毎日2回は来て、父の昼食と夕食・・それに週2回は入浴の援助をしてくれていましたが、今月から日曜祭日などの赤日にはそれが出来なくなりました。
理由は、介護の予算不足で、介護内容を出来るだけ減らしていくのだそうです。
私たちの知らないところでこんな事がどんどん決まっていくのには疑問がありますね。
平成19年5月11日(金)
早朝から父の叫びと、障子を強く閉める大きな物音に起こされて
パチ・パチ・・・・・パチ・・・パチ・・「コノヤロー!」・・・ガタン・・ピシャ!
大きな物音で目を覚ますと、早朝6時前であった。
夕べというより深夜1時頃まで仕事をしていたので早朝起こされるのちょっと辛い。
眠け眼で父の部屋(隣)を開けると、父は自分の顔をパチパチと叩いていた。
※父の言葉は下記のように簡潔ではありませんが、しどろもどろでこのような意味の事を言っていますので、要約して書いています。
私:
どうしたんだヨ、こんな朝早くから?
父:
こんな極悪人は死んだほうがいいんだ。
だから自分を叩いているのさ。
私:
なんで極悪人なの?何にも悪いこと・・してないじゃない。
父:
いや、自分は極悪人なんだ。
だって、この間来た人が夜中にこの部屋に来て、「おまえみたいな極悪人は他にいない」と言って自分をぶん殴ったんだ。
・・・だから自分は極悪人?・・・殺されそうになった。
私:
いったい誰なんだ・・・そんな事を言う奴は?
父:
わからない。
私:
わからない・・じゃ、解決しようがないね。
でも、何にも悪いことをしていないのに「おまえは極悪人」なんていう人・・・ほんとにいるんかね?
父:
でも顔はしっかり覚えているから絶対間違いない。
大勢来て「この極悪人」と言って自分の上に馬乗りになって叩いたんだ。
間違いないんだ。
私:
だから・・いったい誰なんだヨ。
父:
?????????
最近父はこんな感じなんです。
夜中に自宅にやって来て、殆ど外出しない父、他人にあまり会っていない父に「極悪人」と言い、馬乗りになって殴る人なんている筈がないのです。
夢だとしか思えません。
夢と現実が混在し、あたかも全てが現実のような錯覚にとらわれているのでしょう。
しかし、父にとっては全てが現実なのです。
そして同じ事を何度も何度も・・・何度も何度も・・・繰り返すのです。
年寄りが同じ事を繰り替えして言うようになるのはみんな同じかもしれませんが、父の場合は5分と経たないうちに又同じ事を言うのです。
聞いているほうが本当にたまりません。
それから数日、同じ状態が続いています。
毎朝、大声の叫びと戸を思い切り閉める物音に悩まされ、同じ事ばかりを聞かされている今日この頃です。
いったいどのように対処すれば良いのでしょうか?
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(株)TRUTH 吉野大観
平成20年3月11日(火)
私が殺されたた日
外出中に自宅にいる父から電話・・・
(父は電話を頻繁に触っていますが、数十回に一回くらは通じるようです。)
私:はい心吉です。
父:えっ!シンキチ??? シンキチは死んだはずだが・・・
私:今こうやって話しているじゃないですか。
父:いいや、シンキチは死んだ事になっている。
私:じゃー何故死んだ人間に電話するんですか?・・・・・・・
父はどうも私に電話したのではなく、電話のそばに大きな文字で書いてある他の人の電話番号と間違えたのかもしれません。
毎日下の世話をし、着替えをさせ、食事をつくって食べさせ、洗濯や掃除をして面倒を見ている私に「死んでいる筈だ」とは頭が狂ったか・・・恐らく妄想と現実の区別がつかないのでしょう。
それにしても、いくら妄想の中でも毎日ケアしている私が父の心の中で死んだことになっているとは、驚きを超えて悲しくなるばかりです。
帰宅後、私の足を見せて「私は死んでいません。ここに足が2本ありますよ。」というと、「それは良かった。」と言って笑っています。
たった一人の同居家族である私が殺されてしまった日でした。
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(株)TRUTH 吉野大観
平成20年3月18日(火)
徘徊が始まった
介護認定2から3への再審査依頼後のメール
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平成20年3月13日(木)
ケアマネージャーのT様
昨日はお忙しい中、調査にお越し頂き誠に有り難うございました。
必要な追加情報が発生したのでメールでお知らせ致します。
今朝ほど、父はいびきをかいて寝ていたので、
その間にと思いバルコニーの掃除をして部屋に戻りましたら、
父の姿が消えていました。
その30分位の間に、一人で出て行ってしまったのです。
近くの行きそうな場所をくまなく捜しましたが姿が見えません。
範囲を広げて車で約30分位捜したのですがどうしても見つかりません。
仕方なく警察に捜索願いを出しにいこうかと家に帰ったところに
近所の方が門のところに来てくれて
「おじいちゃんが・・・で立ち往生していますよ」と教えてくれました。
迎えに行き、手を取って帰ってきましたが、何度も前につんのめり転びそうでした。
特に階段では、私が少し手を離すと私の体にぶつかって来るほどふらふらした状態でした。
そして困った事に、父の意識は「何でも出来ると思っている」ことです。
ですから、注意しても無駄なのです。
父の言い訳は、「子供にお菓子を買いに行きたかった。」です。
妹は「父からもらう食べ物はいらない」と何時も言っていますが、
そんな妹の言葉も全く忘れているのか、人の言うことは馬耳東風なのでしょう。
やはり、階段は非常に危険ですし、このような事が起きる以上玄関ドアの内側からも
父の手が届かないカギが必要かもしれません。
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(株)TRUTH 吉野大観
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